甘い暴力
涸れた大地に赤い花が咲く。
次々に咲き誇るそれは、大地を染め、静寂を呼んだ。
水禺刀を振るう度に増えるそれは大地を染め上げ、この場が戦場であることを陽子に強く意識させた。
立ちふさがる敵を躊躇いもなく斬り捨てることができるのは、冗祐のお蔭か。
少なくとも、延王と共に戦場に立つことを決めたときの覚悟だけではあるまい。陽子は、そう思う。
自らの国の民を殺し、玉座を得る。
それは陽子の選んだことだ。
「大丈夫か?」
息が上がってきたことを心配したのか、側にいた延王が問いかける。その間も剣を握るそれが止まることはない。
「……大丈夫です」
何をもって大丈夫というのか陽子はわからなかった。けれど、戦場に立っていられるのだから、大丈夫と言えるだろう。
「そうか」
延王が含められた意味に気付いたのかどうかはわからないが、それ以上を問われることはなかったので、おそらく陽子の言った意味でよかったのだろう。
まだ、戦場に立ち自国の民を殺せるか、否か。
その問いかけに陽子は大丈夫だと答えられる。
自分の行なっていることが正しいかどうかなどわからないが、導なき道を選んだのは、やはり自分自身なのだ。
陽子がそんなことを考えている間にも、水禺刀を握る手や体が止まることはない。
赤い花は咲き続ける。
目を開いてさえいればいいように敵を倒してくれるが、敵を、人を殺すのは冗祐ではない。
賓満がついている自分自身は、弾を込め、標準を定め、安全装置をはずされた状態の銃に似ている。その全ては賓満である冗祐によってなされる。しかし、引き金を引くのは陽子自身の殺意であり、覚悟なのだ。人を殺す、という覚悟。
あぁ、ならば。
人を殺すのは、陽子自身に他ならない。
では、なぜ戦うのだろう。
なぜ、自分は人を殺せるのだろう。
玉座を得るために?
景麒の奪還のために?
一体何のために?
『おいらは陽子がどんな国を造るのか見てみたい』
思い浮かぶのは彼の声。
彼の声が教会の鐘の音のように、賛美歌のように、深い深いこの身の内に響く。
響き渡るそれは、内を満たし、陽子を包み込む。
導なき道を行く、小さく、けれども確かな灯火となる。
ならば。
あぁ、ならば行こう。この道を行こう。
彼が見ていてくれるなら、見続けてくれるというのなら、私は私の道を行くことができる。
いくための一歩を踏み出すことができる。
景麒のもとへ続く扉を陽子は力強く開ける。
「帰りたいか?」
彼は陽子に聞いた。蓬莱に帰りたいのかと。
けれど今なら。
貴方のもとへ帰りたい。
消えることない赤い花を抱き、それでも貴方のもとへ。
生きて、帰る。
それが正しいことかなんて、わからない。
正義かどうかなんて、知らない。
でも、それが自分の選んだもので、自分で決めたことだ。
そして、そのために彼はこの国のどこかで尽力してくれている。
「……景麒?」
「捜した」
引き返すことはできない。
陽子はもう、最初の一歩を踏み出してしまった。
◆ ◆ ◆ ◆
雲海を見渡せる露台に佇んでいると、背後からほたほたという音が聞こえてきた。
王という役目を引き受ける前に悩んでいたときのようだと、近付いてくる足音を聞きながら陽子は微笑んだ。
「だけど、陽子に大した怪我がなくてよかった。本当は怪我一つあってほしくなかったけど、戦場じゃなぁ……」
掠り傷は仕方ねぇのかなぁ。
そう言って楽俊は躊躇することなく、陽子の両手を握り締め、微笑んだ。
掠り傷とはいえ陽子が怪我を負ったことを悔やんでいるようで、へなり、と下がった髭がそれを証明しているように見える。
包み込まれた温もりに、陽子はゆらりと視界が歪むのがわかった。
後悔はしていない。
悔やんでしまうほどの何かを、まだ為していない。
後悔などしていない。できるはずもない。
だけど。
だけどね、楽俊。
苦しい、よ。
苦しいんだ。
私は、人を――人を殺してしまった。
ねぇ、楽俊。
私の手はまだ温かい?
わたしはまだ、あたたかい?
尋ねたいことは多く、けれど、それが陽子の唇から零れることはなかった。
何度も言葉を発しようと開かれ、そして閉じる。
何度も繰り返され、それでも陽子が何かを言うことはなく、ただ楽俊の手を強く強く握り締めた。
「楽俊」
「何だ?」
「いつか、楽俊に聴いてほしいことがある。いつになるかは、わからないけれど」
「おいらでいいのか?」
「楽俊がいい」
いつか、今このときを懐かしく思い出せるようになったら。
聞きたいことがあったのだと、聴いてほしいことがあったのだと。
「いつか、きっと話すよ」
貴方に、伝えたいことがあるのだと。
自分にとっての正義が相手の悪であるように、本当の意味で正しい選択など存在しないのかもしれない。
それでも、陽子は選択していかねばならない。
何が必要で、何を切り捨てなければならないのか。
物事然り、人然り。
迷って、選んで、切り捨て。
そしてまた迷う。
何度でも、何度でも。
そうして陽子は進んでいく。
自分が正しいと思った選択を手にして。