子猫のように、抱きしめて



「楽俊、ちょっといいかな?」
 ぶらりと部屋に入ってきた陽子は、楽俊が入室を拒むことはないとわかっていても、挨拶代わりにそう言うのはいつも通り。
「……何、どうしたの?」
 けれど、今日はそのまま入っていくことはできずに、楽俊の手の中に納まっている小さな塊を見つめ、片方の眉を上げる。

 金波宮でほとんど人型で過ごす楽俊は、その大きな手でその小さな塊を撫でていた。
「拾ったんだ」
「相変わらずだな、楽俊」
 一言さらりと返してきた楽俊に、おかしくなって陽子は笑いながら近付いていった。
「子猫だ」
 大きな頼れる手のひらに包まれているのは、白くて小さくてふわふわな子猫。
 撫でられて気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らしていた猫は、陽子の気配に気づくとみぃみぃとねだるように高い声を上げた。
 真っ白で綺麗な毛並みは、楽俊によって手入れされたからだろう。大きな瞳は珍しく片方が金色、もう片方が水色で、くるりと愛くるしい視線が絡まると思わず陽子も撫でたくなってくる。
 その小さな頭を撫でようと、手を伸ばしたときだった。

「可愛いだろう?」

 血に塗れた自分の手を、何のためらいもなく楽俊が繋いでくれることが嬉しかった。
 そして、その同じ手が今回のように命を守っていると、ひどく安心する。
 以前、一度だけ楽俊は優しいなと言うと、自嘲するように少しだけ困った顔で笑んだ顔がいつまでも忘れられない。きっと彼は本当の正しさに迷っていたのだと、後からぼんやりと気付いたのだけれど、それは優しいゆえの苦悩で、陽子はいつでも楽俊が小さな命に触れるときほっとする。

「帰る」

 しかし、楽俊の一言で、陽子の胸は大いに揺れた。
 きわめつけは、自分の髪を綺麗だと撫でてくれるその指で、同じように撫でていた「可愛い」と言われた対象が、小さな小さな桜色の舌でちょろりと楽俊の指を舐めたことだ。

「陽子?」
「帰る! 楽俊は猫とお楽しみ中みたいだから」
 情けないとは重々思うのだが、一人歩きした言葉をもうしまうことができない。
 瞬時にこの場から消え去りたいと、踵を返したところ、楽俊の忍び笑いが届く。
「何がおかしい」
 何がおかしいって、ほんの小さな子猫に嫉妬している自分が一番可笑しいとは陽子も心臓が張り裂けそうなほどに知ってはいるが、こうなっては意地を張るしかなかった。
 そもそも嫉妬しているということ自体、認めたいことではない。

「……わりぃわりぃ。陽子があんまりにも可愛らしいから、つい」
「――っ……楽俊の、馬鹿!」

 はははと楽しそうな楽俊に、頬が染まるのを感じていよいよ情けなさに声が荒ぶる。
 子猫は相変わらず楽俊の手の中、楽俊の前でだけ年相応の可愛らしさを見せる王と、大人の余裕で微笑むその恋人とのやりとりに、無関心そうに大きなあくびをしたのだった。




ヒヤシンス(赤)の花言葉・・・嫉妬